岡山の人口

今月26日、岡山市の人口がついに70万人を突破したそうです。
しんそうの創始者の林先生は私たちに住んでる地域の人口をよく聞かれます。で結論はいつも市内の全人口を一人一回ずつ治療したとして、一生かけても治療しきれないと…

確かに70万人診ようとすれば一生かけても無理でしょう。それに当院に来られてる患者さんは岡山市内の人だけではありません。岡山県全域はもちろん、広島県東部や四国からも多くの患者さんが通われています。

岡山県でしんそう療方が出来る人は私を含めて4人、現在しんそうの基礎を勉強している人が2人、あわせて6人がかりでも岡山県の全人口を診ようとすれば気が遠くなるような年数です。

何を大袈裟な…と思うかも知れませんが、数ある治療法の中でしんそう療方にしか出来ないことや気づかないことがあります。

もしも医学が患部の複雑な異変だけを考えず、身体全体のごく基本的な構造に気づくようになれば…。例えば「左右の手足に違いがあれば背骨や骨盤も平行にならない」と言うような力学的にごく単純な理屈に気づけば…、本当に私達の体はいくつあっても足りなくなるでしょう。

とは言ってもしんそう療方の存在を知ってるのは人口の中のほんのわずかな人です。多くの方に知ってもらおうとしてもこれと言った方法もありませんし広告や口コミにも限度があります。

今、私に出来ることはせめて人口の中のごくごくわずかな人が「多くの人が知らない中で、しんそうを知ることが出来て本当にラッキー」と思ってもらえるよう精一杯頑張ることなのかも知れません。

宿題

先日の23日、24日と大阪で研修会がありました。

今回は宿題が出ました。しんそう療方がいかにしたら従来のあんまや整体などと違ったものとして評価されるかということです。

ある保健所がとった統計によると按摩マッサージ指圧の看板をつけているものは当然としても鍼灸や整骨院、カイロに整体、病院のリハビリに至るまで民間療法や医療機関の80%はやっていることが按摩マッサージなのだそうです。

しんそう療方はこれらの痛いところを揉んだり押さたりするものとは全く違い、中身があります。

体を基本の形に戻し、例えて言うなら痛くなる仕組みを治す訳です。

従来の治療法とは身体に対する着眼点が全く異なり、何年たっても研修会で中身を聞けば聞くほど引き込まれるのですが、悲しいかな世間の見方は整体の一種なのかも知れません。
患者さんが来て楽にしてあげて喜んでもらい、また来てもらったり新しい患者さんを紹介してもらう、それはそれでやりがいがあって嬉しいのですがそれだけでは割り切れない何かがあるのです。

開業当初に比べたら格段に目の前の患者さんを楽にしてあげて喜んでもらうことは出来きるようになったと思いますが「しんそうの本当の凄さ」を伝えることはこれからも課題になりそうです。

工場

今日は雨ですが、まだ6月だというの、暑さでブログもサボりがちです。今年は特に暑くなるという予報ですし、本当、先が思いやられますね。

前に学校へ入った時のことを書きましたが学校は夜間なので今回は昼の仕事の話です。学校へ入った一年目は、いきなり治療院や病院で働くのは自信がないので工場でアルバイトをしていました。確かその工場で働いていた年の夏も記録的猛暑だったことを覚えています。

アルバイトは溶接ロボットに鉄パイプや鉄の板を取り付ける仕事だったのですが工場の夏は本当に暑かったです。その94年の夏から今に至るまで何度も猛暑の記録を更新したのですから地球の温暖化は進んでいるのでしょう。

学校が5時50分から始まるのでそれに間に合ってなるべく時給の良いところをアルバイト雑誌で探したのですが長岡京の工場で時給950円に昼食付き。5時にアルバイトが終わると猛ダッシュで烏丸五条の校舎(2年の時からは京阪七条の新校舎に変わりました)に向かう生活だったのです。

ある時、ロボットから漏れる溶接の光で目が痛くなり、朝起きたら急に目が開かなくなったのには焦りました。保険証も持ってないし…。

アルバイトを休んで氷で目を冷やしたりしてたのですが、他にも学校の試験などで休んだりすると大した給料になりません。工場の昼食も20代のその頃の私にとって量が少なく魚ばかり(体にとってそのほうが良いのでしょうが…)人生で一番痩せていた時だったのかも知れません。久しぶりに会った人に病気でもしたのかと思われるほどでした。

学校に入った4月は四条大宮のあたりのマンションを借りたのですが、結局生活が成り立たず9月には大阪の茨木の親戚のところに厄介になることになりました。

それから茨木から長岡京の工場と京都の学校に通ったのですが健康保険も復活でき病院に行くことがなくても安心出来るものでした。

工場では定年退職をして小遣い稼ぎに来ているお年寄りもおり、私がマッサージの学校に行ってるのが知れわたると色々頼まれるようになりました。私の休憩時間は学校で習ったマッサージの復習時間に変わります。

あるお年寄りに「この手は震えるのは治るのか?」聞かれたのことがあるのですが、簡単に治るよう安易に答えたような気がします。何も知らないって怖いものなしですね…。

今だったらそんなこととてもじゃないけど言えません。実際に老人の手の震えはそんな簡単に治るものではありません。確かにしんそう療法で本当に短期間で改善できた経験もありますが、個人差もあり、治ると約束はできないのです。

その人は私がマッサージとかで治るように答えたために保険の効く整骨院に通いはじめたのですが「これは治るまでに相当かかる」と言われたそうです。少なくとも私がアルバイトを辞める時まで変化があった様子はないですし、その後のことはわかませんがどうなったのでしょうか?

そんな感じの工場でのアルバイト生活でしたが、学校のクラスメートが次々と治療関係のアルバイトを始めていき、私も勉強のためそういった仕事を考えるようになりました。

マッサージ店と整骨院のアルバイトが決まった2年生の4月、晴れて工場を卒業出来たのです。

ムチウチ

先週、岡山もやっと梅雨入りして、首や頭の痛い人にとってつらい季節かも知れません。

最近、体育の授業中に首を痛めた小学生、または車で追突をされてムチウチになった夫婦の方など事故で首の痛い方や動かなくなった方がたて続けに来られました。

共通していることは事故なので保険の関係でまずは病院に薦められます。
でも言ったら悪いですけど…、病院ですることって、あまりにもお粗末なこと。

外傷があるかどうか、まずレントゲンやCTなどで調べることは間違いではないでしょう。でも決まって骨に異常がないからって、温めるとか引っ張るとかカラーで固定するとか電器を当てるとか…

以前から腰の調子が悪いときにたまに来られる方なのですが、今日事故後はじめて来られ、首を見てみると干渉波の後だけが生々しく残っており、肩の高さにも違いがありますし、頭が右に傾き、左右均等に動きません。当然しんそうの検査で左右差があるのは言うまでもありません。

「リハビリで首を触られて、よけい気分が悪くなった」と言っていました。

「やはり自分はしんそうでないと良くならない!」とも。

例えば追突の場合、体に対してまっすぐ衝撃が入ることはありません。正面から追突されたように見えても、体が真っ直ぐな状態ではないのでどうしても右と左では衝撃の条件は異なっています。つまり追突などの衝撃によっても左右差を作るのです。

右と左に違いが出来れば頭や首が体の中心にあることはありません。頭が中心になければ回転軸がズレるので真っ直ぐ動きませんし、動きに無理が生じたり、左右不均衡な状態で頭を支え続けると痛みや様々な障害が出るでしょう。右と左で中心に近づくほうと引き離されるほうでは同じ筋や神経であっても作用している状態は全く異なります。

いくら高度な機器であっても部分だけを視たところで、首や頭が体の中心に位置しているかどうか見えませんし、首を構造の形や動きに戻すことは出来ません。まして車の追突では首や頭が痛くても、首や頭そのものを直接うった訳ではないでしょうし…

もしも右と左の状態の違いもわからず、むやみに患部に圧刺激などを加えたとしたら、刺激の方向によっては人工的なムチウチを作っていることにはならないでしょうか?

写真はムチウチの患者さんとは異なりますが体が歪むことにより、首の回転軸がズレて左右の動きに違いが出るのがわかります。左右同じように向けなければ前後の動きは捩れ、思うように動きません。

施術前。左に比べて右が向きにくくなっています。
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施術後。これは首を直接触った訳ではありません。手足を左右均等に揃え中心軸を取り戻した結果なのです。
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例えば頭や首は肩甲骨や鎖骨に付着している筋に支えられ、肩甲骨や鎖骨は手が動かします。
手が揃わない限り、頭や首をまっすぐ支えることは出来ないのです。

学校に入りなおす

前に治療の世界に入るまでのことを書きましたが、今回は入ってからの話です。13年前の話なのですが京都の学校に入ったことがまず治療の世界への第一歩と言えるでしょう。学校自体は鍼灸と按摩マッサージ指圧の学校なのですが、私が行ったのは夜間の按摩マッサージ指圧だけのコースです。

一度社会に出てから学校に入り直すのは新鮮ですし、色々なものが見えて良いものです。普通に高校、大学と進んでいる時は社会というものが見えなかったし、自分は何がやりたいのか、自分は何が向いてるのか、どうするべきか、将来のことなどわかりませんでした。それに、こういう専門性の高い学校は進むべき道は「治療師になる」ということがはっきりしています。迷うことはありません。

もしこのブログを見ている人でやり直したい、または何か勉強し直したいものがあれば学校に入り直すのが結構オススメですよ。

学生証を再び手にして、良い年して学割が使える特典もつきます。

私が入学したのは26歳でしたが、学校は年齢層も幅広く高校出たばかりの18歳もいましたが、26歳の私はどちらかと言うと若いほうで、最高齢は60歳の人もいました。

半数は私のように治療の世界をほとんど知らない人、でも半数は治療院の跡取り息子、マッサージや指圧院に勤めている人、カイロプラクティックをやってる人で免許だけ取りに来た人、操体法を習ったことのある人など何らかの経験のある人でした。

謙虚な人もいましたが中には私たち全くの素人に比べたら知識や経験があるだけに天狗になって(私たちのことを思ってのことかも知れませんが…)技を見せびらかす人もいました。私たちは何も知らないので何を見ても初めは「スゴい!」と思うばかりで「本当に自分にこの仕事が出来るのかな?」と自信を失いかけることもありました。

でも経験のある人は(筋肉名や骨の名前を私たちの前でよく口にするので)何でも知ってるのかと思っていたら意外と医学知識はそれほどなく、えらそうに講釈を言っていても解剖学や生理学など基礎医学の授業ではほとんど変わらないということに気づきました。

自慢する訳ではないですけど…、マッサージやカイロをやっている人より解剖学や生理学のテストの成績は私のほうが良かったんですよ!

とは言っても知識だけでは治療は出来ません。実際に学校というところは国家試験に通すのが精一杯なので習う技術ではたかが知れています。学校だけでは開業出来る内容がないのはもちろんのこと、どこかの治療院や病院で働いたとしても即戦力にはならないでしょう。

ではどうやって技術を身につけたら良いか考えながらも、学生に戻った一年目は昼の工場でのアルバイトと夜の学校の掛け持ちで精一杯でした。

デトックス

当院にも連日のように様々な企業から健康機器や健康食品のダイレクトメールが送られてきます。
当院は機械や器具、健康食品やサプリメントを一切扱わないので全てゴミ箱行きなのですが…、本当、懲りずに色々なものを送ってくるなぁ~といつも関心します。

いかにももっともらしいことが書かれてありますが大体は中身のあるものはなく「売り上げアップ」とか営業的の話ばかりです。

ちょっとテレビで取り上げられたり、流行ってたりしたら飛びつく治療院があるからこうなるのでしょうが、仮にも人の身体を扱うことを仕事にしている人が真偽もわからないまま、流行に飛びつく姿はどうなんでしょう?

治療の世界に入って13年あまり…、その間にも色々な健康器具や健康法のブームがありましたがどれ一つとっても長続きしたものはありません。

しんそうをやっていたら自分は何を治しているのか明確なので、流行にも流されることなく訳のわからないDMに飛びつくことはありません。

「やっぱり!」と思ったのですが…、最近になってテレビでも足にお湯を入れて色が濁るというデトックスの機器がインチキだということが報道されました。本当言えば、最初はもっともらしくテレビで取り上げておきながら、問題になると詐欺だと叩きまくるマスコミにも問題があると思いますが…

その問題になった機器のDMも送られてきたことがあります。

怪しいなぁと思いながらもその時はデトックスの機器の真偽までははっきりとわかりませんでしたが、機械を使って足から毒素を出すという発想そのものがくだらないと思っていました。

濁った色で肝臓だの腎臓だの胃だの腸だの異常がわかるって…、単純に臓器の異常を特定したければ健康診断でも受けたほうが余程正確だとも言えます。

仮に体内に毒素があるとして、機械や器具を使って無理に出さなくても(許容量を超えたものは別ですが)本来は体内に不要なものは尿なり便なりから排泄出来るシステムが身体には備わっています。

インチキだから話にもなりませんが、結果として出来た毒素を機械や器具を使って出すのではなく、身体を本来の構造通りの形に戻すことこそが毒素を出すシステムをも取り戻させることでもあり、根本療法なのではないでしょうか?

窓から見える猫

当院の待合室の窓は西日がものすごくキツいので夏場は窓にすだれをかけます。
今年もそろそろ掛けようかようかと思っていると、昨夜が大雨、今日は曇っていて日差しもキツくなく涼しかったので来週に延期することにしました。

その待合室、西の窓をふと見てみると何と、見かけない子猫の姿が…、
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ついつい見入ってしまいました。

当院の西隣には法随稲荷と言う小さな神社があり普段は人が住んでいる様子はないので、近所の野良猫が住み着いているのです。窓からはよく日なたぼっこをしてたり昼寝している姿が見られ、「猫は気楽でいいよなあ~」とうらやましく思うこともあります。

でも、この子は最近生まれたのでしょうか?
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授乳中
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簾をするとこの光景は見られなくなりますが、夏が過ぎ秋になりすだれを外した頃、この子猫どこまで大きくなっているか楽しみです。

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元気に育てよ!

様々な系統

恐らく歪みを治すと言えば、腰痛や肩こりなど整形外科的症状、つまり筋骨格系に関わるものに効くことは想像できると思います。

しかし、しんそうで効くのはそれだけではありません。

確かにしんそうで直接アプローチするのは筋骨格系です。でも呼吸器系も循環器系も消化器系もその他、様々な系統が本来の機能を発揮するには体が基本の形にあってはじめて成り立つのであり、基本の形を歪ませるのは筋骨格系の機能の左右差です。

基本の形、例えばどこの系統であれ健康な身体の構造や機能を説明するための解剖図は背骨が体の中心にあります。

しかし手や足の動きに左右差があれば背骨が体の中心にあるはずはありません。基本の形からずれると健康な身体の構造や機能の説明が成り立ちません。ですからアプローチするのが筋骨格系であっても、基本の形に戻す=左右のバランスを整えて背骨を中心に戻す=健康な身体の構造と機能に戻すしんそう療法に改善例は様々な系統のものがあるのです。

施術をしているうちに、呼吸器系であれば呼吸が大きくなったりしやすくなったり、鼻が通ったり、消化器系であれはお腹がゴロゴロなったり、循環器系であれは足がポカポカしたり…
このような変化は毎日のように起こる出来事です。


最近、「風邪が治らず病院にも行ったんだけど、この時期になっても咳が止まらない」と言ってた患者さんがいました。帰る時には喉も楽になったそうです。

例えば首が左右同じように回せないとします。当然、首が捻れているので前後の動きも真っ直ぐにいかないでしょう。と言うことは首の中にある気道も捻れ、呼吸も難しくなるから咳が出ても不思議ではありません。

でもこんな簡単な理屈、内外の先生にも耳鼻咽喉科の先生にもわからないでしょうね…

作務衣

6月に入り、衣替えのシーズンになりました。

私の仕事着は特にいつから衣替えすると決めている訳ではないのですが、普段は作務衣(このブログのプロフィールの写真に着ている服)で仕事をしていて、暑さに耐えられなくなる夏場はポロシャツで仕事をします。

でも本当に暑さに耐えられなくなるギリギリまで作務衣で通したいのです。というのも作務衣は最近出てきたお腹が目立たない服だからなのです。

仕事柄、ケーシとか白衣を着そうなものですが、なぜかしんそうには白か紺の作務衣を着て仕事する人が多いのです。もともとお坊さんが着る作務衣をなぜ着るのか…、詳しい理由はわかりませんが私も先輩に習って作務衣を着て仕事するようになりました。

こんな作務衣で人生が変わったというエピソードを聞いたことがあります。

京都のしんそうの先生がある雑誌で飲食店に混じって「作務衣を着ているお店特集」に掲載され、昼食を食べるお店を探すために雑誌を見た人が重度の腰痛持ちなのでつい目に留まってしまい、冷やかし半分で行ってみたら本当に腰が良くなったので大変感激し、今度は自分でやってみようとしんそう療法を習いはじめ、今は博多で開業しているという話があります。

作務衣は動きやすて仕事がしやすいです。

でも膝をついて仕事をするので、すぐに膝が破れるのです。膝のところに補修用のアイロンプリントをしたことがありますが、そうすると今度は仕事をしているうちに補修が剥がれてくるのです。

作務衣は上下セットでしか売ってないため下だけ紺色のチノパンで代用していますが、それも1~2ヶ月で破れてしまいます。

何か良い方法はないでしょうか?

受験

しつこいようですがまたまたまた前回の続きです。

「鍼か整骨院の学校へ行く」と行って9月に会社を辞め、演劇サークルのほうにも「大阪の鍼の学校に行くから2月の公演が終わったら辞める」と宣言した以上はまずは受験しなくてはなりません。

今でこそ広島にも岡山にも鍼灸や柔整(整骨院などの資格)の学校がありますが、その当時は晴眼者(目が見える人)の学校は全国で限られた場所にしかありませんでした。

まずは大阪の某鍼灸の専門学校の願書を取り寄せ、高校まで卒業証明を取りに行き、どうってことはないだろうと思って何も勉強せず試験に臨んだのが甘かったのです。受験会場には定員の何倍もの人がおり、とてもじゃないけど受かるはずもありません。

あんまり悔しかったので別の大阪の願書を取り寄せ、今度は高校時代の生物の教科書を引っ張り出し、少しは勉強して望みました。

25歳で高校時代の勉強するのも新鮮な感じです。高校時代は理数系の科目が苦手だった中で生物だけはまともだったつもりだったのですが…、でもほとんど覚えていません。

結局はやはり駄目でした。

その後、もう一校うけたのですが結局は同じで段々と自信をなくしていきました。

あと一校、そこは京都にある規模の小さい学校で昼間は鍼灸マッサージのコースなのですが、夜間にマッサージだけのコースがありました。

今度は鍼灸ではなく按摩マッサージ指圧師の学校を受けてみようと思い、この学校に入れなかったら治療師になるのを諦めて、就職し直そうと思って臨みました。

試験が演劇サークルの公演翌日にあり、公演が終わった感動に浸りながら新幹線に乗り、受験。

で、何と…、受かったのです!!

学校に入ってから知った話なのですが、柔整や鍼灸の学校は人気が高く、実は試験前に合格する人はほとんどが決まっていて、推薦状がないと余程のことがない限り入れないそうだったのです。

今は変わってるかも知れませんし、本当かどうか確かめた訳ではないのですが…、柔整の学校に入るためにOBの整骨院で丁稚奉公をしながら何年も順番を待ち、順番が回るとそこの先生を通して多額の寄付金を払い、まずは鍼灸の学校に入ってから、やっと柔整の学校に入れるという話を聞きました。

鍼灸と柔整は全く違う内容のものなのに「鍼灸整骨院」という名前のものがやたらと多いのはそのせいでもあります。学校で習う内容はたかが知れてるのに鍼灸や柔整の一部の先生が、苦労せず開業していくカイロプラクティックや整体のことを事あるごとに「無資格のくせに…」と悪く言うのも寄付金とか丁稚奉公で苦労したからなのかも知れません。

ところでサークルでは私のために送別会までしてくれたのですが、その翌日ほっとしたのか高熱を出して3日間くらい寝込みました。その時は会社を辞めてから保険証を作っていなかったので病院にも行けず、ひたすら寝て治したと思います。

こうして私の治療師への第一歩と関西での生活が始まる訳なんですが、この続き=学校に入ってからしんそうに出会い、今に至るまでの話はまた今度の機会に「しんそうへの道」カテゴリーへ書いていく予定です。

警備員

またまた前回の続きです。

現在、当院の向かいで家の増築工事をしているのが窓から見えるのですが、道路や建物の工事を見るとどこまで工程が進んでいるのか見いってしまう癖が抜けません。

というのも会社を辞めてからしていたアルバイトは工事現場などの警備員だったからです。

交通量の多い場所での交通整理など忙しい現場もありましたが、とりあえずガードマンを置いておくだけの暇で暇で仕方がない現場もあって冬場の寒さに耐えながら工事の工程を見て時間を潰したものです。

でも暇な現場は、その時演劇サークルに入ってた私にはちょうど良かったのです。

その時は台詞の覚えがものすごく早かったのです。それは一人でブツブツ言いながら警備員をしていたからです。

もしかしたら端から見るとちょっと危ない人だったのかも?

会社を辞めてから気持ちも楽になり現在に至るまで後悔したことはないのですが、その時の現場で会社の営業車が通る度にヘルメットで顔を隠してしたのはちょっと情けないですね…

会社を辞める

前回の続きです。
私のサラリーマン生活は3年半で終わりました。

バブルが崩壊し、会社が色々なものを見直す雰囲気になったのです。営業所の規模を縮小し、私は岡山の営業所から2年で広島の支店に戻ることになりました。

戻ったとしても代理店の数が増えた訳ではありません。私を含めて、これまで代理店回りをしていた半数の営業の人が飛び込み営業をしなくてはならなくなったのです。代理店回りと違って飛び込みとなると全く相手にされません。本当に自分の無能さを実感し、何の役にも立たない自分が嫌になる毎日でした。

ついには飛び込み先で人に会うのが怖くなって、公園で一人ボォ~と過ごす日もありました。そんな私を見かねて管理課長が「営業を離れて他の職種が必要な支店や営業所を探してあげようか?」と言ってくれたのですが、他の職種、例えば技術系の仕事がいきなり出来る訳はありません。

それに個人的な理由でこの一年間だけは転勤したくなかったのです。

これはあまり人にも言ってない話なのですが…、広島に戻ってすぐに週末だけの演劇サークルに誘われていて、旗揚げ公演を成功させたかったのです。いくら何でも本格的に演劇の道に進もうとは思わなかったのですが、出来たら人を減らしたい会社という組織とこんな自分を必要としてくれるサークルを両天秤にかけたのです。

さんざん悩みましたが、では辞めてどうするか答えが出ません。

そんな時、身内に肩や背中が痛くて某治療院に通っている人がいて治療院という仕事があることを聞きました。これからは高齢化社会なので仕事はたくさんあるし、開業も出来るし、開業できなくても病院に就職する道もあるし、これまでは社会的偏見もあったからまだ注目もされていないという話でした。

それになるには鍼灸か柔整かマッサージの学校に行けば良いと…

これまでも会社に入ってから社内の機器の修理に回るサービスマンを見ていて、技術や専門知識を持っている人をずっとうらやましく思っていました。

機器の修理ではなく身体の修理=治療の業界は年をとってから入る人も多く、今からでも手に職がつくと思い、公演終了まではアルバイトしながら過ごし、その後は趣味の演劇もスパッと辞めて一からやり直そうと決め、治療の世界を全く知らないまま会社を辞める決意をしました。

本当、認識も甘く、世間のことも知らない情けない話ばかりですが…、

人と接することが出来ずに会社を辞めたのに結局は今も人と接する仕事をしているとは…、
因果なものですね。

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しんそう(R)岡山駅前

プロフィール

しんそう岡山駅前

Author:しんそう岡山駅前
鍼灸専門学校(指圧科)の在学中に「しんそう療方」と出会い、現在はマッサージ他全ての対症療法を捨て、無痛で体のゆがみを治すしんそうの専門院を開いています。

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